一行の詩のためには

 つらい事や切ない事があると、思い出す言葉があります。チェコプラハ生まれの詩人、リルケの言葉です。

 

  一行の詩のためには
  あまたの都市、あまたの人々、あまたの書物を
  見なければならぬ
  あまたの禽獣(きんじゅう)を知らねばならぬ
  空飛ぶ鳥の翼を感じなければならぬし
  朝開く小さな草花のうなだれた羞(はじ)らいを究めねばならぬ

  

  追憶が僕らの血となり、目となり
  表情となり、名まえのわからぬものとなり
  もはや僕ら自身と区別することができなくなって
  初めてふとした偶然に
  一編の詩の最初の言葉は
  それら思い出のまん中に
  思い出の陰から
  ぽっかり生れて来るのだ
     〈リルケ『マルテの手記』(大山定一訳、新潮文庫)から〉

 

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 この文章に接したのは今から30年前、新聞社の編集部門に配属されている時でした。新聞記者として入社したのに失敗を重ねて編集部門に回され、記事を書くことができない立場にありました。他人の書いた原稿を読み、それに見出しを付けて紙面を編集する日々・・・。鬱々としている時でした。「何を甘えているんだ。お前はあまたの都市を見たのか。あまたの書物を読んだのか」。そんな言葉を突き付けられたようで胸に染み、忘れられない言葉になりました。

 

 その後、取材する立場に戻り、外報部に配属されました。アフガニスタンの内戦取材に追われ、インドの宗教対立のすさまじさにおののき、インドネシアの腐敗と闇の深さに度肝を抜かれて、心がすさんでいくのが自分でも分かりました。走りながら、なぐり書きを繰り返すような毎日。そんな時に、またこの文章に戻って反芻していました。「いつの日にか、心にぽっかりと浮かんだものを書ければ、それでいいではないか」。そう思うと心が安らぎ、また歩き始める気力が湧いてくるのでした。

  

 『マルテの手記』は、リルケが30歳代半ばの時の作品です。パリで暮らす貧乏詩人を主人公にした長編小説で、妻子と離れてパリで暮らしていたリルケ自身の生活を投影した作品と言われています。極度の貧困と壮絶な孤独。随筆を連ねるようなタッチでパリ時代を描いています。全編が詩、と言ってもいいような作品です。冒頭の文章は『マルテの手記』の一部を抜粋したもので、句点を省いて詩の形式にしてあります。
(岡)

 

《写真説明》 詩人ライナー・マリア・リルケ(1875-1926年)
Source:http://www.oshonews.com/2011/10/rainer-maria-rilke/